人的資本経営の開示が求められる背景は?開示情報や参考になる開示例を解説

人的資本経営とは、雇用している社員(人材)を「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで、中長期的な企業価値向上につなげる経営スタイルです。

この数年で、人的資本経営に関する情報開示が投資家から求められるようになりました。2011年のコーポレートガバナンス・コードの改訂では、適切な情報開示と透明性の確保が企業に求められ、人的資本への投資についても、経営戦略や経営課題との統合性を持たせながら、具体的な情報を開示すべきと記載されています。

本記事では、ISO30414(人的資本の情報開示に関する国際的なガイドライン)や人的資本経営の企業の開示例をいくつかピックアップして、自社の人的資本開示の参考になるように解説します。

人的資本経営とは?

人的資本経営とは、人材を「資源」や「コスト」として捉える従来のやり方ではなく、人材を「資本」や「投資」という考え方から、人の価値を最大限に引き出す、新たな経営のあり方です。人を「消費」するのではなく、投資の「資本」として捉えることによって、従来の企業の人材との向き合い方を変えていきます。この人材戦略により、企業の中長期的な価値向上が見込まれます。

日本のビジネス界や経営者の間で人的資本経営が注目されている理由として、欧米諸国の経営手法が関係しています。
欧米では2020年8月に、米国証券取引委員会(SEC)によって、人的資本の情報開示が義務付けられ、すでに多くの欧米の上場企業では、経営戦略と人材戦略を連動したビジネスモデルが使用されています。
日本では経済産業省が、持続的な企業価値の向上をめざす「人的資本経営の実現に向けた検討会」を設置しました。2022年には人的資本経営を進めるための有効なアイデア・視点をまとめた「人材版伊藤レポート2.0」を公表し、一気に注目が集まりました。

企業の人材に対する関心がますます高まり、人的資本の情報開示など、「人」そのものを重視する経営スタイルは、特にこれからの時代に適合した取り組みであると言えます。

人的資本経営の開示が求められている理由

この数年で人的資本経営への関心の高まりとともに、その取り組みに関する情報開示も求められています。その背景には、投資家をはじめ企業を取り巻くステークホルダー(利害関係者)からの期待や、無形資産を重要視する傾向、複雑化するビジネス環境が影響しています。企業の価値創造において、人材の重要性は高まり、投資家にとっても企業の情報開示は重要な判断指標となっています。

ESG投資やSDGsへの関心

人的資本経営の背景として、ESGとSDGsが並んで挙げられます。

ESG投資とは、「環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)」を配慮した企業に投資することで、売上高や利益といった財務的なメリットだけではなく、地球環境や企業の持続可能性にも貢献するといった点があります。

SDGsとは、「持続可能な開発目標(Sustainable Development Goals)」。地球、企業、経営、人材において持続可能で、より豊かな未来を実現していこうという、国連サミットで採択された、2016年から2030年までの世界共通で必要な17の目標です。

ESG投資やSDGsの考え方が市場に浸透してきたことで、人的資本経営が注目されるようになりました。それに伴い投資家から人的資本情報開示の要請が高まり、企業は人的資本経営に取り組み、人的資本情報の積極的な開示が求められています。

人的資本経営への取り組みが企業の成長を左右する

ESGの中でも、特に S(ソーシャル)は、人的資本経営に深く関わっています。実際に、S要因の評定が高い企業は、株価パフォーマンスが、TOPIXを6%近く上回ったというデータがあります。人的資本経営に取り組み、適切に情報開示することで、企業価値の向上に繋がる事がわかります。

先行する欧米の取り組みは?

欧米はいちはやく人的資本経営と、その情報開示に取り組んできました。

ISO30414の策定

国際標準化機構(ISO)が2018年にISO30414を策定し、欧州の企業は米国に先駆けてISO30414に準拠した人的資本情報の開示を開始しました。

ISOとは「International Organization for Standardization」の頭文字をとった言葉で、「国際標準化機構」を意味します。国際的な規模で共通する基準を決める組織のことです。ISOによって、国際間のビジネスの取引がスムーズになります。人的資本に関する11の切り口で情報開示が進むことになりました。

人的資本に関する情報開示の義務化

アメリカでは、2020年に米国証券取引委員会(SEC)が、証券取引所における上場企業に対して、人的資本に関する情報開示を義務化しました。

これまで財務指標には現われなかった「人材投資の状況」「人材の流動性」「ハラスメントリスク」などが具現化されています。

日本の取り組み状況

欧米諸国に比べて日本は遅れを取っていましたが、徐々に人的資本情報の開示に向けて動きが生まれています。日本企業の統合報告書で提示される人的資本に関するKPI(目標指数)のうち、非財務KPIが占める割合は増加傾向にあり、今後も人的資本に関する項目が増えていくことが予想されます。上位3項目には、「従業員数」「女性管理職数・比率」「女性職員数・比率」がランクインしていて、投資家からの注目が特に高いです。

人材版伊藤レポートの発表

「人材版伊藤レポート」とは、2020年9月に経済産業省が発表した報告書「持続的な企業価値向上と人的資本に関する研究会」によるものです。伊藤レポートでは、人的資本経営の手法を、日本企業の文化を踏まえた上で語られており、報告書では、経営陣・取締役・投資家の3つの視点から求められるアクションが重要だと書かれてあります。また、人材戦略に求められる3つの視点と5つの共通要素が記載されています。

人材版伊藤レポート2.0の発表

「人材版伊藤レポート2.0」は人的資本経営を実践する際の、最新の潮流をふまえた内容となっています。「3つの視点・5つの共通要素」のフレームワークに基づいて、「①実行に移すべき取り組み」「②その重要性」「③有効となる工夫」を示しています。「人的資本」の重要性が再認識できるとともに、具体的な企業事例や調査結果も豊富です。

人的資本経営の情報を開示する11の切り口

ISO30414には、人的資本の指標として11領域49項目が記載されています。

領域内容
①コンプライアンスと倫理苦情、懲戒処分、外部のトラブルなど
②コスト人件費、雇用に関わる費用
③ダイバーシティ(多様性)雇用主・労働者の多様性(年齢・性別・障がいの有無等)
④リーダーシップ経営層への信頼・リーダーシップの開発など
⑤企業文化従業員の自発性・満足度・定着率
⑥企業の健康・安全・福祉労働災害による損失時間や事故件数など
⑦生産性従業員一人当たりの利益率
⑧採用・異動・離職従業員の採用・離職率・重要ポジション登用率など
⑨スキルと能力従業員の教育費用・時間などの取り組み活動
⑩後継者育成計画後継者の有効率・カバー率・準備率など
⑪労働力確保総従業員数(外部も含む)・休職者数など

参考となる開示例

記述情報の開示の好事例集(金融庁 2021年12月)に開示例が掲載されています。
「サステナビリティ情報」のうち「経営・人的資本・多様性等」の開示例をいくつかピックアップします。

オムロン株式会社

オムロン株式会社では、「人財アトラクションと育成」「ダイバーシティ&インクルージョン」と独自の目標と指標を掲げています。ダイバーシティでの取り組みは、女性管理職比率や障がい者雇用比率の目標を掲げ、女性若手社員のキャリア開発を行っています。

社員の声を聞くためには、社員向けエンゲージメントサーベイを実施し、PDCAを回して社員の企業文化の定着に取り組んでいます。第三者評価も取り入れ、有価証券報告書に明記しています。

双日株式会社

双日株式会社では、「ジョブ型新会社」「独立・起業支援制度」「双日アルムナイ」の取り組みを掲げ、社員の独立・起業・副業などの個人の多様なキャリアパス・柔軟な働き方を支援し、企業文化の変革を目指しています。積極的な女性活躍推進により、なでしこ銘柄に5年連続で選定されています。「中期経営計画2023」では、2030年代中に女性社員比率を約50%にすることを目標としています。

カゴメ株式会社

カゴメ株式会社では、「女性活躍推進法の行動計画」を通して女性活躍の推進に取り組む具体的な目標と数値、実績を記載しています。「働き方改革」において「年間総労働時間1800時間」に向けた取り組みで、社員の副業も可能にし、社会貢献に積極的です。健康経営推進活動において、「カゴメ健康7ケ条」を制定し、「カゴメ健康経営宣言」を行い、その結果「健康経営優良法人2020(大規模法人部門ホワイト500)」に認定され、「DBJ健康経営(ヘルスマネジメント)格付」において、最高ランクの格付けを取得しています。

まとめ

人的資本経営は人材を「資本」と捉え、投資し、価値を生み出し、最大化させる概念のことです。投資家が企業の投資判断する基準として、人的資本経営に着目するようになり、企業側からの情報開示が具体的に求められるようになっています。

国際的な人的資本経営の情報開示のガイドライン「ISO30414」や人的資本経営の手法「人材版伊藤レポート」によって人的資本経営の情報開示の重要性が記されています。

今後ますます人的資本経営の情報開示の要請は高まっていくと予想されるので、ぜひ自社の情報収集と準備を進める際に、実際の開示例を参考にしてみてはいかがでしょうか。

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